安保ウォッチング
「ミリタリー・アタッシェ」(6/5)
新ガイドライン関連法が、船舶検査を積み残したものの、5月24日に成立した。
日米安保体制が新しい段階に踏み込みはじめていることと関連して、防衛庁は自衛隊の「軍部」としてのステイタスを認めるよう求める動きを加速させている。
そのひとつのあらわれが、防衛庁が外務省に「防衛駐在官」への防衛庁の「指揮監督権」を認めるよう要求していることである。
「防衛駐在官」というのは、自衛隊の高級将校を情報収集などの目的のため海外に派遣しているもので、国際社会では「駐在武官」として機能しているものである。自衛隊は憲法上、軍隊ではないので「武官」ではなく「駐在官」とネーミングして区別してきた。現在、防衛庁は34カ国に「防衛駐在官」を44人派遣している。
問題はその「指揮監督権」の所在である。防衛庁設置直後の1955年8月、当時の外務事務次官と防衛庁次長との間で、防衛駐在官の身分、服務について「覚書」がとりかわされた。それの内容は、防衛駐在官は(1)防衛庁設置法、自衛隊法の規定にかかわらず、身分上及び職務上、もっぱら外務大臣及び在外交館長の指揮監督に服する、(2)防衛庁との直接通信を行なわず、かつ独自の暗号を使用しない、(3)防衛庁は独自の予算を組まない、などである。
このことは、戦前、旧軍部が天皇制軍国主義体制のもとで、外務省の頭越しに独自の「軍事外交」を展開して、日本政府としては結果として「二元外交」となり、「戦争」の道につきすすんだとの教訓が背景としてある。また、戦後、平和憲法のもと「軍隊」をもたない国として再出発した日本が「武官」を持つはずがなかったため、「自衛官」も「外交官」としての身分を並任することでしか海外に派遣させざるを得ないという当時の情勢を、このことは反映したものであった。「防衛駐在官」であって、「駐在武官」(ミリタリー・アタッシェ)ではないのには理由があるのであった。
それが今、「普通の国」のように「駐在武官は所属する軍から直接派遣され、外務省を経由しないで情報をやりとりする」(防衛庁幹部・「産経新聞」5月18日付)ように防衛庁が要求しはじめているのである。
野呂田防衛庁長官は、現在の外務省との「覚書」について「問題のある書き方だ。「法律の規定にかかわらず」との不適切な表現もあり、覚書を現行のまま維持することは適切でない」(「読売新聞」5月24日付)として、その見直しを外務省と調整するように事務当局に指示したのである。
このことは、言い換えれば、防衛庁は、今、「自衛隊」を「軍」として認めろと要求しているのだということである。
こうした現象は微細である。が、微細な変化が積み重なると、気がついた時には大きな変貌となっているということはあるものなのである。「新ガイドライン」路線のあらわれてとして把握することが必要である。次回予告 重要事態対応会議と「不審船事件」(6/15掲載予定)
この記事は平和委員会が発行する平和新聞(月3回発行)に掲載されています。
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