安保ウォッチング 

重要事態対応会議と「不審船事件」(6/15)

 防衛庁内に設置された「重要事態対応会議」について、新たな事実が明かとなった。
 この会議は開催される時、防衛庁のホームページに「お知らせ」が掲載される。当日だったり、前の日だったりするが、大体において前日の場合が多い。内容は単に、「開催します」というごく簡単なものである。
 で、第8回目の重要事態対応会議だけが、「お知らせ」がないのである。
 「お知らせ」によると、第7回重要事態対応会議が開催されたのが3月19日、一回とんで、第9回重要事態対応会議が開催されたのが3月30日である。この間に第8回目が開催されていたことになる。
 この間に何が起こっていたか? それは「不審船事件」である。
 「不審船事件」の際の3月23日、小淵内閣は午後6時10分に首相官邸の危機管理センターに、危機管理監をトップとする「官邸対策室」を設置した。第3回目の「危機管理事態」の発動である。最初は昨年のインドネシア事態、第2回目はイラクへの米軍による空爆「デザート・フォックス」作戦発動時である。
 だから「不審船事件」は内閣法上の「危機管理事態」という状況下で、政府は対処したのである。
 「読売新聞」(3月24日付)によると、防衛庁は「官邸対策室」開設直後の午後6時30分頃から「重要事態対応会議」を開催している。これが第8回目であろう。「お知らせ」がなかったのは急遽、開催されたからであろうと思う。「お知らせ」のいとまがなかったのである。
 「不審船事件」で自衛隊は創設後、初の「海上警備行動」を発動し、護衛艦からは警告射撃、P3哨戒機からは警告爆撃を初めて実施した。
 第8回重要事態対応会議は当然、「不審船事件」の「対応」を協議したはずである。これまでは「あらかじめの対応」の検討であったが、今回は「そこにある事態の対応」の検討の場となったのである。ここで、多分、「状況により、海上警備行動の発動は可なり」との防衛庁のハイレベルの一般方針が協議された、と判断される。実際の発動は翌24日の0時50分であった。
 その後、第9回重要事態対応会議が3月30日に開催されたが、ここには「不審船事件」で実際に行動した指揮官を呼んで、詳細な報告をさせ、長官は今後の対応について具体的な方策を作成することを指示している。
 重要事態対応会議の重要性については、本欄で2回にわたって指摘してきたが(1月25日付、3月25日付)、今回、このことがあらためて明かになったものと思う。
 野呂田防衛庁長官は5月11日のガイドライン特別委員会の席上、次のように述べている---「私ども防衛庁内部に重要事態対応会議というものを設置しまして、既に十数回検討を行なって、あらゆるケースに対応する問題点の摘出を行なっております。実は、その一環として、先般不審船があらわれた場合も、私どもは検討したことをそのまま復習するというような結果になった」。

この記事は平和委員会が発行する平和新聞(月3回発行)に掲載されています。
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