防衛駐在官から駐在武官へ(03/5/25)


  小さいけれども大きな意味 自衛隊から国軍への、防衛庁の「匍匐前進」が静かに、だが確実に進んでいる。


 この一つが5月7日の「防衛駐在官に関する覚書」の48年ぶりの改定である。これによって、現在、38大使館と2政府代表部に合計47人が派遣されている防衛庁の防衛駐在官が、「普通の国」並みの「駐在武官」に向けて大きな前進をした。


 これまで、戦前の軍部の独走による二元外交(外交ルート以外に軍が独自の「軍外交」を実施)により侵略戦争に突入したという歴史の教訓から、戦後、自衛隊が発足した翌年の1955年(昭和30年)8月に外務省と防衛庁が「防衛庁出身在外公館勤務者の身分等に関する外務事務次官、防衛庁次長覚書」を交わしていた。


 ここでは防衛庁に対して、


(1)「(防衛駐在官たる)外務事務官は、防衛庁設置法、自衛隊法等の規定にかかわらず、身分上及び職務上、もっぱら外務大臣及び在外公館長の指揮監督に服する」、
(2)「(防衛駐在官たる)外務事務官は、防衛庁との直接通信を行わず、且つ、独自の暗号を使用しない」、
(3)「(防衛駐在官たる)外務事務官のため防衛庁は、独自の予算を配付しない」等の
「しばり」をかけていた。


 今回、矢野外務副大臣と赤城防衛庁副長官の間で取り交わした新しい「覚書」は、これらの文言をすべて削除した。

 そして、(1)については「防衛駐在官は、他の在外公館勤務者と同様に外務大臣及び在外公館長の指揮監督に服する」との表現に改められた。
 また、(2)については「外務省は、両省庁間の合意に基づき、防衛駐在官が起案するいわゆる防衛情報を、防衛庁に自動的かつ確実に伝達する」と表記することとした。


 外務省はこれまで「覚書の趣旨・内容は必要性、合理制が認められるので廃止する考えはない」との立場をとってきていたが、防衛庁との交渉で、押し切られたこととなった。これは新ガイドライン策定過程以降の防衛庁・自衛隊の台頭による力関係の変化を反映し、また自民党国防部会・防衛政策検討委員会(浜田国防部会長)の昨年10月の提言など「国防キッズ」の圧力などによるものと判断される。


 この新「覚書」により、防衛駐在官が収集した軍事情報で、機密性の高いものについても、これまでは防衛庁に自動的に伝達されなかったが、これからは機密性の高い軍事情報の防衛庁への早期伝達が可能となる。「朝雲」(5月15日付)は外務省公電システムの端末を防衛庁にも設置する、としている。


 報道の範囲では、自衛隊の独自の暗号の使用が可能となったかどうかについては、明らかではない。しかし、新「覚書」には削除した以外に関連する条項がないことから、このことは可能となったと
思料される。


 この問題はそれ自体としては「小さな」問題であるように見えようが、実は外務省と防衛庁の力関係上、重要な「変化」なのであり、また、防衛庁の「国防省」化とも密接に関連している事柄である。防衛庁のステータスが「普通の国」並みとなることでもある。軽視することなく、事態を正確に把握する必要があろう。


03/5/16記
松尾 高志

この記事は平和委員会が発行する平和新聞(月3回発行)に掲載されています。
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