「ブッシュ・ドクトリン」にもとづく最初の戦争が3月20日(日本時間=アメリカ東部時間3月19日)開始された。ブッシュ戦時政権による、この「対テロ戦争」の第二幕は、事前に承認されていた作戦計画「OPLAN1003V」のシナリオにもなかったサダム・フセインとその息子2人に対する直接奇襲攻撃――F117ステルス戦闘機2機からの4発のバンカー・バスター爆弾と洋上の艦艇からの40発のトマホーク・ミサイルの爆撃によって幕をあげた。現地時間で午前5時45分であった(日本時間午前11時45分)。ホワイトハウスではこの時、フライシャー報道官が「イラク政権の武装解除の初期段階がはじまった」と発表した。
ブッシュ米大統領はその30分後(現地時間19日午後10時15分=日本時間20日午前12時15分)、オーバルオフィス(大統領執務室)から4分間、「イラク国民の解放をはじめた」とのテレビ演説を行った。
演説が終わるとほぼ時を同じくして、まず警察庁が12時20分に「緊急テロ対策本部」を立ち上げ、25分に外務省が「イラク緊急対策本部」を、30分に防衛庁が「イラク関連事案等緊急対策本部」を相次いで設置した。
小泉首相は午後1時15分から約30分、「日米同盟にもとづき米国を支持する」との記者会見を行い、47分から安全保障会議、ついで2時3分に臨時閣議を開催して内閣に「イラク問題対策本部」を設置を決定、21分から対策本部の会議を開催した。
その後、防衛庁は3時に地下にある中央指揮所で最初の「緊急対策会議」を開催した。メンバーは本部長=防衛庁長官以下、防衛庁副長官、政務官(以上政治家)、事務次官、長官官房長、防衛局長、運用局長、人事教育局長、管理局長、防衛施設庁長官(以上シビリアン)、陸、海、空各幕僚長、統合幕僚会議議長、情報本部長(以上ミリタリー)である。
注意をうながしたいことは、攻撃開始以降の一連のこの日本政府の措置で政府の「危機管理システム」が起動したのではなかったということである。この時期にはすでにそれはたちあがっていたのである。それは次のことをみれば判然とする。
米政府から攻撃の事前通告があったのが、11時30分。アーミテージ米国務副長官から日本政府への事前通告は、事前通告の事前連絡により急遽、首相官邸に赴き小泉首相と待機していた竹内外務次官に対してであった。その8分後、安倍官房副長官がとった行動は官邸地下に開設されていた「内閣危機管理センター」に降りていったことであった。すでに「センター」は機能したのである。では、いつ、政府の「危機管理システム」が始動していたのか?
筆者の仮説は18日の午後7時47分に首相官邸で開催された安全保障会議の終了とともに、である。
このことを見るために、時間をさかのぼってみよう。ブッシュ米大統領が「48時間の期限」をきって武力行使するとの最後通告の演説を行ったのが現地時間で17日午後8時(日本時間18日午前10時)。その直後、国土安全保障省リッジ長官はテロ警戒レベルを二番目のオレンジ=高度警戒(テロ攻撃の危険性が強い)に引き上げるとともに、ホームランド(本土)防衛のための「オペレーション・リバティ・シールド(自由の盾)」を発動した。ここから米政府は臨戦態勢に入ったのである。アメリカのプレスからはイラクへの攻撃の作戦名は「イラキ・フリーダム(イラクの自
由)」との報道が流れてきた。
演説をテレビで見た小泉首相の下には、11時30分すぎから午前中には関係官僚が、午後には与党関係者が訪れ、午後1時に小泉首相は米国への「支持」を表明した。そして夜の安全保障会議となるのである。この会議では防衛庁の制服トップである石川統合幕僚会議議長が戦争開始後の戦況の見通しなどについての説明を行った。また、国内の重要施設の警備強化や出入国管理の徹底などのテロ対策の強化を決定している。日本政府もまた、臨戦態勢に入ったと言うことができよう。従って、この時点で、内閣法上の「危機管理」事態に政府としては入った。
翌朝、最初に首相官邸を訪れたのが、杉田内閣危機管理監であったこと(9時21分)がなによりもこのことを物語っている。彼こそが危機管理事態の責任者であり、キーマンである。また、彼はこの日の夜の首相官邸への最後の訪問者(午後7時15分)でもあった。この日以降、杉田内閣危機管理監は連日、小泉首相を訪れ、「日日報告」を行っている。
米軍の軍事作戦は、最初の計画どおり3月19日午後1時(イラク現地時間19日午後9時)に米軍特殊部隊の投入で開始され、予定外の作戦としてのフセイン直接爆撃が午後7時12分(同午前3時12分)にブッシュ大統領により決断され、爆撃が実施された。地上軍のイラクへの侵攻作戦はフランクス司令官の具申で作戦計画より24時間早めて20日の夜間・午後8時(イラク時間)に開始された。米陸軍第3師団を基幹とする米英地上軍はバクダッドへむけ北上を続けるとともに、米英海兵隊による港のある南部のウンムカスルへの侵攻も開始した。事前にマスコミにリークされていた大規模空爆「衝撃と畏怖(shock
and awe)」作戦は計画どおり21日午後8時(イラク時間)から開始された。
比類のない圧倒的な軍事力優位にたって、「帝国」としてのヘゲモニーを維持しつづけるためには先制攻撃をも辞さないという「ブッシュ・ドクトリン」が実行されつつあるのが現実である。こうした「トルーマン・ドクトリン」以降のアメリカの戦略の抜本的な変革を意図するこうしたブッシュ戦時政権の「むきだしの力」が今、展開されている。武力を行使しているのはフランクス司令官の指揮する米中央軍である。ファーゴ司令官の指揮する米太平洋軍は静かに朝鮮半島をウォッチングしている。
こうした情勢のもと、小泉内閣は有事法制を急げと動きはじめている。「地球規模で考え、地域規模で行動せよ(Think globally,
Act locally)」という言葉の重みをかみしめる時ではないだろうか。
03/3/25記
松尾 高志