防衛駐在官から駐在武官へ(02/11/15)
「防衛駐在官」から「駐在武官」へ、じわりとコトが進みはじめている。
自民党国防部会・防衛政策検討小委員会(委員長=浜田国防部会長)は10月30日に現在の防衛駐在官制度の「改革」を求める提言をまとめた(「産経新聞」・10月31日付)。提言は、防衛駐在官に対して防衛庁長官の指揮・命令が及ばない、情報の防衛庁への伝達が遅いなどの「問題点」を指摘して、諸外国の駐在武官と同等の新しい制度にするよう要求して、以下の項目を含む5項目の改善提言をしている――
(1)諸外国と同様に自衛官の身分のままとするか、防衛庁長官の指揮監督下に独立させる(武官府)、
(2)緊急事態発生時に国外の防衛情報が速やかに防衛庁に伝達されるよう通信手段を確保する、
(3)在外公館での身分を諸外国と同様に引き上げる(一等書記官から参事官へ)。
これは現在の防衛駐在官が、外務事務官として任命され、任地に派遣されており、そこでは外務大臣と在外公館長の指揮監督下におかれていること、また、防衛駐在官の収集した情報も外務省を経由
して防衛庁に報告することになっていること、さらに防衛駐在官と防衛庁の間での直接通信や独自の暗号通信が禁じられていることに対する防衛庁の不満を反映したものである。
こうした制度は、1955年(昭和30年)8月に当時の外務事務次官と防衛庁次長(現・防衛事務次官)がとりかわした「覚書」(「防衛庁出身在外公館勤務者の身分等に関する覚書」)にもとづいている。この措置はもとをたどれば、戦前の大日本帝国のシステムの下で、駐在武官は「武官府」に所属して、大使館などの在外公館とは独立して独自に情報収集活動を行い、そのシステムの下で軍部が独走することにより、外務省との「二元外交」をもたらし、それが敗戦につながったという経緯によるものである。
「読売新聞」(11月1日付)によれば、これを受けて、政府は防衛駐在官のあり方について、47年ぶり(「覚書」の時点から)に見直す方針を固めたという。それによると、
(1)防衛駐在官の身分を自衛官のままとするか、防衛庁長官の指揮下に置く、
(2)緊急事態発生時に防衛情報を防衛庁に直接伝達できるようにする
――などを検討することになるという。
現在、防衛駐在官は、33大使館2代表部に計46人(陸=21人、海=13人、空=12人)が派遣されている。
この「防衛駐在官」から「駐在武官」への変貌はけっして小さなことではない。事実上の自衛隊の機関紙「朝雲」(11月7日付)は1面トップで「長官の指揮下に・防衛駐在官」との見出しで、自民党国防部会の提言を報道している。自衛隊が諸外国並みの「国軍」となることの一歩前進であり、また、有事法制の推進とあわせて、軍事情報の海外からの伝達の「有事体制」への布石であるからである。
日本国が戦争遂行可能な国家システムを導入しようとしていることと同時並行してコトが進んでいるのである。
02/11/8記
松尾 高志
この記事は平和委員会が発行する平和新聞(月3回発行)に掲載されています。
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