「変人内閣」の危険性(01/5/15)

 「変人」(これは命名者の田中真紀子女史のその後の解説によれ ば「変革の人」という意味だそうだが)の人気がえらく高い。この 「変人内閣」が 4月26日に発足したが、その布陣を観ると「安保政策」に関しては、新ガイドライン路線推進というシグナルがブ ッシュ政権に対して発せられていることが分かる。

 第一。官房長官・福田康夫氏の留任、かつ、危機管理担当を彼の元に一元化したこと。さらに、内閣官房副長官以下のスタッフもす べて留任としたこと。

 これは森内閣末期に推進しようとして、実現寸前に「時節柄」 (「死に体内閣」のもとで進めるのはいかがなものか?という当然の「配慮」で)頓挫した「有事法制」法制化の推進、すなわち実務レベルでの作業開始のゴーサインである。

 本欄(2月15日付)で指摘したように、施政方針演説で「ゴー サイン」を出してから、森首相(当時)は3月18日の防衛大学校の卒業式の「訓示」で、有事法制について「政府として、法制化を 視野に入れた所要の検討を鋭意進めてまいります」と自衛隊に対して公約し、その翌日、森・ブッシュ会談(3月19日、ワシントン) で、ブッシュ米大統領に「有事法制について、森総理より、法制化を視野に入れて検討を開始していく旨説明した」(外務省のホームページ掲載の「米国情勢及び日米関係」・平成13年4月)のであった。その後、4月4日に「関係省庁局長級会議」を開催して、実務作業に入ることにしていたのだが、その直前の3日に急遽、その開催を見送りとしたのであった。

 斉藤防衛庁長官(当時)は内閣総辞職の2日前の記者会見(4月 24日)で有事法制の法制化について、次のように述べていた――

 「政府としては古川官房副長官の下で、関係省庁の協力を得て大 森官房副長官補室を増強して事務態勢を整えつつ、関係省庁の担当官レベルで所要の検討を進めていこうとしているところ」であり、 防衛庁は「有事法制検討の中核の庁」であり、「今後の検討の牽引役」となって、「要員を(内閣官房に)派遣するなどして内閣官房における検討に協力するとともに、自らも検討のための要員を増やして、防衛局長を中心とした事務態勢を強化することと致しました」

 内閣官房が有事法制の法制化の実務担当機関なのである。閣議や安全保障会議の議決を經ることなく、実務作業が進むというこの事態は1999年7月16日に公布され、2001年1月から施行された内閣法の一部改正で、内閣総理大臣の機能強化がなされたことにより、可能となったのである。

 第二。その防衛庁長官に、戦後史上初めて防衛大学校出身者であり、陸上自衛隊二尉で退役した中谷元氏(43才)を「若手抜擢」の名のもとに任命したこと。「自衛隊が軍隊でないというのは不自然だ」(自民党総裁就任記者会見・3月24日)との認識に立つ小 泉首相の頭脳の中では中谷氏は「退役軍人」であろうことは確実である。かかる人物を防衛庁長官に任命し、かつ、その席上、「有事法制の制定検討という指示」(中谷防衛庁長官の記者会見・4月2 6日)を下したのである。

 第三。小泉首相と田中真紀子外相の言動で、看過できないことがある。それは、「集団的自衛権の行使」について、である。小泉首相は4月27日の首相就任の記者会見の席上、これを実行するために「憲法を改正した方が望ましいという考えを持っている」と述べた。また、田中真紀子外相は「憲法改正以前にもできること」として、このことを例示としてあげた(4月27日の就任記者会見)。 いずれにしても、この問題は日米両軍部の要求である。

 小泉内閣の今後の「安保政策」の展開を最大限の注意を払って注視し、適時的確な対応を準備することが肝要と考える。特に、「有事法制」については「立法上の措置」(新ガイドライン)に踏み込んでいることを重視しなければならない。

 

               松尾 高志
2001.5.6記

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