水面下の日米安保事務レベル協議 (00/4/15)

 1998年1月20日に新ガイドラインに規定されていた「包 的メカニズム」が立ち上がったが、それに至る日米安保協議とそのフォローアップのプロセスが防衛庁が2月、国会に提出した資料により明かとなった。

 これらの日米安保協議は重要なものであるにもかかわらず、新聞報道などではひどく小さい扱いである。そのひとつの理由は政府が秘密保全のために情報を囲いこんでいることがあげられる。

 1996年4月の「日米安保共同宣言」で「ガイドラインの見直し」が盛り込まれてから、翌1997年10月17日に東京でSDC(防衛協力小委員会)代理会合が開催された。ここでは9月29日の閣議決定を受けて、官房副長官(事務)をヘッドとした関係省庁局長クラスの会議を立ち上げることを説明した。

 11月10日にはワシントンでSDC代理会合が開かれ、今後、 課長レベルで詰めの作業を行なうことで意見が一致した。また、第1回の局長級会合を開催したことにつき米側に説明した。

 1977年1月17日、東京でSDC代理会合が開かれ、包括的なメカニズムの構築の本格的な作業への移行の段取りについて協議した。

 1月20日にはSDCの会合が東京で開催され、日米双方は包括的メカニズムを立ち上げることについて合意した。

 この日、東京でSCC(日米安保協議委員会)を構成する3閣僚 (日本側=外務、防衛、米側=国防長官)が出席して、正式に包括的メカニズムを立ち上げた。

 3月13日、東京でBPC(共同計画検討委員会)の第一回会議が開催されることを踏まえ、日米共同作業が順調に進展していることを確認した。

 同日、BPCの第一回会合が開催された。内容は秘密である。

 4月21日にもBPCの第2回会合が開催されている。 9月20日にはニューヨークでSCC(日米安保協議委員会)が開催された。

 1999年12月13日には東京でBPCの第四回会合が開催された。これは発表されなかった。

 2000年1月21日には東京でSDC代理会合が開催され、ガイドラインのフォローアップについて、日米間で今後とも緊密に協 議していることを確認した。

 以上、年表的に会議をフォローしてきたが、新ガイドライン路線を推進する中軸の会議がほとんど報道でフォローされていないことにあらためて危機感を感じている。

 なお、調整メカニズムについても、議論されているはずであるのに、それがこの資料には欠けている。

 安保はやはり「秘密のとばり」にかこまれているのである。ロジカルに追求することが一層、必要であると思う。

松尾 高志
2000.4.5記

この記事は平和委員会が発行する平和新聞(月3回発行)に掲載されています。
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